糞日記

イェイ!人生!

スーツが似合わないとよく言われる。自分を大人と仮定した場合、これは結構な不都合だ。「スーツを着ているというより、スーツに着られている感じだね」なんて。違うんだ。僕はスーツなんか着ていない。真っ裸の全身にスーツのボディーペインティングを施しているのだ。何故か。ネクタイが結べないからである。あれは難しすぎる。首元に巻く布を上手く結べないだけで社会不適合者のレッテルを貼られるなんてあんまりだ。「結ぶ」ことが出来ない僕には「描く」という道しか残されてなかった。

 

「百歩譲って上半身は良いとして、下半身までボディーペインティングにする意味は??」という声もある。僕はチャックを閉めるのも苦手なのだ。「社会の窓が空いてるわよ」なんて。恥ずかしいこと山の如し。それならいっそ窓をとっぱらおう!という匠の大胆な意見。なんということでしょう。広々とした快適空間が生まれました(劇的ビフォーアフターBGM)。スーツに着られている??僕は人間だぞ。スーツなぞいう無機物に主導権を握られるくらいなら僕は「着ない」という道をとるね!意気揚々と電車に飛び乗り社会へ馴染む僕。

 

 

 

看守さん「もう戻ってくるなよ」
僕「はい。お世話になりました」

 

1年ぶりの娑婆はすっかり冬になっており、体の芯から寒さが込み上げてくる。猥褻物陳列罪でブタ箱にぶち込まれていた僕は、とぼとぼと夜道を歩く。囚人として支給されていた灰色のスウェット上下セット(GU)は僕にとても似合っていたと思う。看守さんは優しい人で僕が社会復帰出来るよう親身になって指導してくれた。ネクタイの結び方も教えてくれたし、釈放の際に「俺はもう着ないやつだ」と言って、スーツを1着くれた。着せてもらったらサイズはピッタリで看守さんは嬉しそうだった。看守さんはその昔、交通事故で息子さんを亡くしたそうだ。「生きてたらお前と同じ歳だったんだ」そう言って看守さんはネクタイを締めてくれた。
夜道を歩いている今の僕は、少しはスーツの似合う人間になれているのだろうか。

 

かじかんだ手をスーツのポケットに突っ込むと、右側のポケットになにやら紙切れの感触。取り出してみると1万円札が。看守さん、あんたどこまで優しいんだ。思わず涙と鼻水が溢れてきた。慌てて僕は鼻水を噛んだ。持ってた1万円札で。鼻水でしっとりした福沢諭吉の顔はどこか官能的であったそうな。鼻水にまみれた1万円札を眺めていたら甘いものが食べたくなってきた。目の前にはセブンイレブン。いい気分だ。

 

刑務所での飯は質素なものばかりだったが、特に甘いものが滅多に食べれないのが僕には苦痛だった。お菓子コーナーが宝の山に見える。僕は大好物の森永ミルクキャラメルを持ってレジに並ぶ。僕の前には恐らく40代のサラリーマンがコーラ味のグミをもったおじさんが並んでいた。僕はなんとなく、この人大丈夫か?なんて思った。鼻水まみれの1万円札を渡すとレジのお姉さんは嫌な顔1つせず、弾けんばかりの笑顔で
「はい!1万円からでよろしかったですか?」
「はい。結婚してください。」

 

電車に乗って家に帰る。快速特急は嫌いだから準急に乗る。速いものが苦手なんだ。エレベーターも嫌い。エスカレーターが好き。
帰宅ラッシュ時なのか、準急なのに混んでいる。僕はレジ袋からキャラメルの黄色い箱を取り出す。銀紙をゆっくり開いてキャラメルを口に放り込む。美味い。甘くて美味い。甘くて美味いがこの違和感はなんだろう。キャラメルは甘くて美味くて僕は幸せなはずなのになんなんだなんなんだ。僕は違和感の正体に気がついた。スーツだ。スーツでキャラメルをすごく幸せそうに食べることに対する違和感だ。大人はキャラメルを幸せそうに食べてはいけないんだ。そうか。だから僕はレジのお姉さんにふられてしまったのか。そうか。僕がコーラ味のグミのおじさんを見た時と同じ目で、みんな僕を見ているのか。僕は逃げ出したくなった。なにから。スーツからである。キャラメルを美味しそうに食べれなくなるなんてまっぴらゴメンだ。まずはネクタイを外して。外れない。どんなに結び目を緩めようとしてもビクともしない。よく見るとこれはネクタイじゃない。首輪だ。鎖に繋がれた首輪だ。
「すまんな。お前はまだ檻の中なんだ。」
その声は、看守さん。そんな、せっかく檻から出たのに。
「社会そのものが鉄格子みたいなもんだ」
そんな、看守さん、そんな、檻の中に檻って、ベン図みたいな、マトリョーシカみたいな、チョコエッグみたいな、そんなのアリかよ。どれも上手く例えれなかったよ。やめときゃ良かったよ。あ、檻の中に、さっきのおじさん。コーラ味のグミをクチャクチャ食べてるおじさん。そんな看守さん、おじさん、看守さん。うわあああ。

 

それでもキャラメルは美味しい。コーラ味のグミも美味しい。